ハードとしての確実な家作り : 実践編

34.おわりに

 これまで述べてきたところで、家は形になりました。
あとは、そこに入居し、絵をかけたり、本を並べたりという作業が、待っているだけです。
しかし、一度外部に目を転じると、そこはまだ赤土のままです。
外部も家に合わせて、形をつけたいものです。
それが終わって初めて、家が完成したといえるでしょう。
家の外の工事を外構工事と言います。

 外構で、必要なものを、列記していきます。
塀、駐車場、自転車置き場、門、門扉、庭、表札、郵便(新聞)受け、外物置、まだまだたくさんあります。
池が必要だという人もいるでしょうし、ゴルフの練習をする場所が必要かもしれません。
また、バーベキュウーのための場所が必要というかも知れません。
しかし、必要ではないという人もいるでしょう。
ほんらい外構工事が終わって初めて、住宅らしくなったと言えるのですが、外構は好みが大変分かれるところなのです。
ですから、ここでは省略します。


 いままで述べてきたことがらは、匠事務所が毎日の仕事として、現場で職人たちとしていることです。
しかし、設計者というのは設計しかできません。
どの工事をとってみても、設計者はなに一つとしてできません。
釘一本打てるわけではありません。
そうでありながら、設計者の設計意図が、現場での最高の施工指針です。
職人衆は、設計者の設計意図を実現させるために、全力を尽くしてくれます。
設計者は自分で設計した建物のすみからすみまで、しっかりと頭の中に入っていなければ、自分の思うとおりの建築はできません。

 世の中における、設計者の理解のされ方には、図面を描く技術者、というのが多いようです。
それも大きな一部です。
しかし、設計とは建物を想像することです。
そして、それを実現することです。
設計者には、実現する能力がありませんから、施工する人に設計者の想像したものを伝えるために図面を描くわけです。
図面で足りなければ、文章や模型や完成予想図も動員されます。
設計者が最も時間を費やすのは、考えること=想像することです。


 匠事務所は、役所への建築の確認申請を代行したり、大きな設計事務所の下請けの図面描きや、建設会社の設計部門の下請けをしません。
確かに、これらの作業も、建築の設計をしていることには違いありません。
しかし、こうした仕事のやりかたは、建築主のために設計しているとは言えません。

 誰から依頼されたかではなくて、どういった建築をつくりあげたかが、最後に問われると匠事務所も思います。
けれども、できあがった建物は、そこに住む人の生き方と、それを受けて設計する設計者の設計思想の表れ以外の何物でもありません。
そう確認するとき、設計者は建築主から直接に設計依頼を受けるべきだと、匠事務所は考えています。


 建築は、最終的には形や色として実現されます。
形ある物としての建築は、実現されたその日から、陳腐化にむかって歩き始めます。
これは、どんな物も避けることができない宿命です。
時間の経過がその建物により一層の陰影を与えてくれるとすれば、古くなることもあながち悪いとばかりは言えません。


 頭のなかで、新しい理念を想像し、組み立て、それを形に置き換えていく設計。
実は、ここに機能的な要素は、入り込みにくいのです。
建築の設計とは、豊潤な空間を、壁や床、天井に囲まれた物ではなく、空間そのものとして想像することだ、と考えています。
そして、設計の根底のところでは、生きるという哲学に至るとも考えています。


 幸いなことに、匠事務所の建築主たちは、設計者が考えることに対して、お金を払ってくれています。
設計は無料のサービスだという世の風潮と異なり、設計にお金を投じることが、よい建物を作る一番の早道だということを知っているのでしょう。
そうした建築主に恵まれてきたことを、匠事務所は大変に感謝しています。
また、これから出会うであろう建築主にも、上品さ、しっかりした存在感、空間としての豊かさ、時間と共に老いる美しさなど、といったお金では買えない、物ではない無形のなにかを提供できれば幸甚である、と考えています。


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「タクミ ホームズ」も参照下さい