ハードとしての確実な家作り : 実践編

12.左官工事   その1

 左官工事は本当に変わりました。
いや、今も変わりつつあるというべきでしょう。
昔は建築界で三職といえば、大工、左官、鳶(職)だったのですが、今日の木造の世界における左官の凋落はすさまじいばかりです。
室内の壁はクロス外壁はボード類に変わってしまい、左官工事は本当に少なくなってしまいました。
しかし、少なくなったとはいえ、左官工事もやはり重要な職種です。


 日本建築では、まずセメントを使用していませんでした。
使用していないというより、日本にはセメントがなかったのです。
日本でセメントの製造が開始されるのは1875年からです。
ですから、今日では壁の下塗りとして使用されているモルタルもありませんでした。
(モルタルとはセメントと砂を1対2〜3の割合で水ねりしたもので、レンガブロック、タイル等の接合、接着、また下塗り上塗りなどのコテによる仕上げで使われる。)

 モルタル塗りのまま仕上げとすることもあります。
正式にはセメント・モルタルと呼ぶべきだが、現場ではモルタルと略称され、大々的に使われています。
ただし、次に述べる石膏ボード下地の時だけは、モルタルではなく石膏プラスターを下地に使います。

 下塗りをのせる下地がまた変わりました。
以前は、下地の芯になるのは、竹を細く割りさいて組んだ木舞(こまい)とよばれるものでした。
それにワラや麻をまいたりして固定したりしたうえに、荒木田(あらきだ)と呼ばれる泥というか粘土というか、とにかく土をこねたものを、小舞の両面からねりつけた土壁、これが壁の下塗りでした。
壁の下地作りは、小量ずつ何回にも分けて土をつけて、半年以上もかけて乾燥させながらすすみました。


 あまりに時間がかかるため、荒塗り(一番最初の下塗り)、中塗りとすすんだところで、待ちきれずに未完成の家に住んでしまうことすらありました。
昔の家はそのくらい気長につくられたのでした。
ですから、工事中にも木の乾燥はすすみ、歪のすくない家ができたのも、当たり前と言えば当たり前でした。


 まず屋内から。
昔の家では中塗り後、約半年たってから、仕上げ塗り(=上塗り)をしました。
では、今日の下地はどう変わったのかと言うと、何と言っても石膏ボードの登場です。
石膏を 5ミリ程度の厚さにのばし、両側を1ミリ厚程の紙でサンドイッチした石膏ボードは、左官の下塗り工程を決定的に変えてしまいました。
とにかく石膏ボードを貼りさえすれば、左官下地になってしまうのです。
今までのように竹を細かく割りさいた小舞も不用、荒木田も不用、半年の乾燥期間も不用、とにかく、石膏ボードをはりつければ、それだけで壁下地となりました。
半年以上もかかっていた下地作りが、たった一枚の石膏ボードをはるだけで良くなったのですから、左官工事は激変しました。


 左官下地用の石膏ボードは、下塗り材の食いつきが良いように表面に凹凸があり、特にラスボードと呼びます。
(石膏ボードは室内用の下地材で、雨のかかる屋外には使えない)
910×1、820ミリつまり一畳の広さで厚さ 7ミリ、これが何と300円くらいなのですから、これを使用しない方が不思議です。
しかも、ラスボードはりは誰にでもでき、特別の技術は不用です。
寸法を計って、ラスボードをカッターで切ります。

 ラスボードは両面が紙ですから、その切断には工作用のカッターで線を引くだけです。
片側にカッターを入れ、その線にそって、ラスボードを折り曲げ、裏側からもう一度カッターを入れる。
それだけで切断できます。
それを亜鉛メッキされた釘(鉄の釘は錆びる。その錆が仕上げた後に浮きでるので、鉄釘は使用不可)で打ちつけるのですが、これがまた簡単。
ラスボードはピッタリとすき間なく張らない方が良いのです。
多少まがっていようが、横にはろうが、全くかまいません。
5ミリくらいすいていても、その上に下塗り材として石膏プラスター(石膏プラスターとは石膏プラスターに砂を、1:1〜1.5で混ぜたもの)を塗ってしまいますから、何の支障もありません。
むしろ、多少すき間があった方が、石膏プラスターがすき間に入りこみ、丈夫にすらなります。


 今まで下地作りには、小舞屋という専門の職人がいたのですが、ラスボードの登場で彼らは失職です。
失業ではなく、業種自体がなくなるという失職です。
新しい製品の登場は、実に残酷に人間から職を奪っていきます。
ラスボードの登場によって、全国では多くの小舞屋が失業したわけです。
ラスボードのとりあつかいは簡単で、誰にでもはれるため、今日では大工の施工範囲となってしまいました。


 そういうわけで、今日の左官下地はラスボードです。
このラスボードの受けは胴貫(正しくはどうぬきだが、この場合はどうぶちと呼ぶことが多い)です。
両者は釘でだけつながっているのですから、ラスボードはガッチリと固定して欲しいところです。
横約10センチ、縦30〜45センチ間隔で、ビッシリと亜鉛メッキ釘を打ちます。
この時、釘の頭をラスボードの中へ打ち込んで紙を破らない、つまり、ラスボードの中へめりこませないように注意します。
最近は、釘のかわりにホッチキスで止めているかも知れませんが、あつかいは全く同じです。


 次に、ラスボードに下塗りをします。
凸凹したままでは壁にはなりませんから、下塗り、中塗りと二度にわけて、平にすべく石膏プラスターを塗るのですが、ここからが左官屋の領域になります。
ラスボードの中の石膏と、石膏プラスターの中の石膏が水を仲立ちとして反応し、砂混じりの石膏プラスターはガッチリとラスボードに食いつきます。
この結合は非常に強固で、荒木田などの比ではありません。
一度目を下塗りと呼び、約一センチくらいの厚さに塗りつけます。
荒木田と違って、砂混じりの石膏プラスターは乾燥による収縮が少ないので、仕事は早くなりました。


 適度な乾燥状態(約一週間くらい)を見はからって、次に中塗りをかけます。
下塗りは富調合(石膏プラスターの割合が多い)にして、下地に食いつく力を増しますが、その分、ヒビは出やすくなります。
荒木田ほどではないにしろ、やはり水でねったものですから、乾燥による収縮亀裂は避けられません。
ですから完全にヒビを発生させきってしまうべきです。
ヒビの上からそれをおおうように、中塗りをかけます。


 中塗りは、別名斑取り(むらとり)と言うほどですから、下塗りでは完全に平滑にならなかった部分を、もう一度薄塗りをかけてむらなく平滑にしていきます。
砂混じりの石膏プラスターは貧調合(石膏プラスターの割合を減らす)に変えますが、できれば、砂の粒子も細かいものに変えたいところです。

 中塗りまでが、壁塗りの勝負です。
毎度の話ですが、基礎が大切、下地が大切というのは左官仕事ではことに大切で、中塗りまでで壁の平滑は決定されてしまいます。
鏝斑(こてむら)や鏝返し(こてがえし)のあとがないよう、また全体的な平滑さも確認しておきたいところです。
柱と壁がぶつかる散り際(ちりぎわ)は、一直線になっているはずですが、どうでしょう。
次の仕上げ塗りは、本当に薄くしか塗りませんから、ここまでで平滑さは完成されていなければなりません。
不充分な場合は、水が引ききる前にもう一度コテ押さえをするか、塗り厚が増えても支障がなければ、もう一度中塗りをするべきでしょう。

 上仕事になれば、目の錯覚を考慮しなければなりません。
それは、壁を完壁に平面に仕上げてしまうと、逆に目の錯覚でへこんで見えたり、でっぱって見えてしまうのを調節するのです。
広い壁面では、心持ち中央部をへこませるべきかも知れません。
その方が、かえって平面に見えますが、その調節の量は微妙です。
この辺は、職人と設計者のあうんの呼吸とでもいうべき世界で、微妙な配慮が高度に洗練された室内を作り上げていきます。


 室内の壁も、いよいよ仕上げです。
今日使用されている壁仕上材は、主として次の五つです。
京壁(=聚楽壁)、漆喰(しっくい)、繊維壁スタッコプラスター
また、最近では珪藻土と呼ばれるものが登場して来ました。
匠事務所でも、小さな壁面に特殊な効果を期待して、錆壁など変わった仕上げを用いるときもありますが、通常は、これ等の仕上げを用ています。
特殊な仕上げかたは、その時々の創作によることが多く、通常の施工方法ではありませんから省略します。

 前三者は、和室に用い、後二者は洋間に用います。
珪藻土は最近のものであるため、どちらにも使われる。
京壁とは別名ジュラク壁とも言い、細かい土を塗ったような仕上がりになります。
茶室や書院から茶の間まで、どこにでも使用できる上品なものです。
昔は表面がポロポロと落ちる欠点がありましたが、最近は、ボンドのような液状の接着剤を入れてあるため、そうした欠点もなくなりました。
そのせいで、以前にくらべると若干柔らかさに欠けるきらいが、なくはありませんが、それでも匠事務所のおすすめ品です。

 次の漆喰壁は、普通は白です。
お寺や蔵など白壁を想像してもらえば良いわけで、かつては最もポピュラーな仕上げ材でした。
一般の住宅では、室内でも砂を混ぜた砂漆喰や、卵色に着色した黄漆喰などを使用したものでした。
ところが、建築主の新し物好きと、施工が熟練を要することから、漆喰塗りは最近では減っています。

 京壁は表面がザラザラしているので、コテムラがあまり目だちません。
しかし、漆喰はスベスベしているので、コテの運びが難しく、完璧な平面を作るのは至難の技です。
室内の照明が明るくなり、光源が豊富になったため、壁にもさまざまな角度から光が当たるようになりました。
特に横から光をあてられると凹凸は目立ち、腕の優劣がはっきりしてしまいます。
そして長い間には、わずかにでっぱっている部分に、ほこりがたまって黒くなり、白い色のせいでとても気になります。
とりわけふだん掃除の行き届かない高い壁には、薄汚れた感じが残り、住人から敬遠されてしまったようです。

 繊維壁は、匠事務所ではまだ一度も使用したことがありません。
おそらくその原形は昔にもあったと思われますが、未使用なので何もいえません。
ただ、繊維壁は安いものだったので、アパートなどの安普請で使われた例が多いようです。


 スタッコとは、英語で漆喰のことなのですが、建築界の通称では、今まで述べた漆喰とは別のものをさしています。
しいて言えば洋漆喰となるのでしょうが、スタッコなる日本語は、全く別のイメージをもっています。
つまり、スタッコは、平滑面として仕上げられることは少なく、むしろ、凹凸模様の面白さを楽しむ材料となっています。
もちろん、洋風の建物に使用されることが多く、飲食店などの内外装ではよく見かけます。
漆喰壁では気になったほこりによる汚れも、スタッコとなるとそれがむしろ味わいとなったりして、歓迎されているようでもあります。
スタッコはかなり自由に表面模様が作れますから、2センチぐらいもりあげたり、手形をつけたり、クシでひっかいてみたり、といろいろな遊びが出来ます。

 プラスターも、日本語になおすと漆喰になってしまいそうです。
本来は石膏なのでしょうが、建築界でプラスター仕上げと言えば、西洋風漆喰壁です。
正式にはドロマイト・プラスターなのですが、プラスターとだけ呼んでいます。
漆喰よりもっと白さが強く、バタ臭く仕上がります。
かつての洋間は、プラスター塗りと決っており、天井や廻り縁部分に蛇腹引き(じゃばらびき)で、繰り形の模様をつけました。
最近では、室内の壁は、クロス仕上げとなることが多く、プラスターもだんだんと減っています。


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「タクミ ホームズ」も参照下さい